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2014年5月30日金曜日

輝く母親★格言集

私、エルザの大好きな母親たち。そして、彼らのコドバを綴ってみました。お楽しみあれ。

ターシャ・テューダー
「子供達が小さい頃は、しじゅう疲れていましたけどそういうものだと思っていたので、苦労だとは思いませんでしたね。」


渡辺和子
「置かれた場所で咲きなさい。」


Maria Covey Cole
"…contentment is a process. …… entrusting myself to God's care, gaining perspective, shunning comparison, overcoming discontentment, learning to be content, and finally, allowing my nature to be changed through the grace of Christ" (Contentment Inspiring Insight for LDS Mothers, p3-4).
「充実感を味わうのはプロセスです。神の御手に身を委ね、物事に対する視点を増やし、他と比べることをせず、不満に思う事を克服し、充実感が持てるよう学び、自分の本質をイエス・キリストの恩恵によって変えることです。」

浅井智子
ご長男がお腹に宿ったときに作った歌だとか。私も森のわらべ(森のようちえん)へ参加させてもらった時に聴きました。

「私を ママにしてくれて 本当にありがとう。
あなたが 我が家に来るのを ずっとまっていたの。
ママもパパもドジばかり スーパーマンじゃないけれど
あなたが そこにいるだけで かけがえのない喜びなの。
私を ママにしてくれて 本当にありがとう。
あなたが 我が家に来るのを ずっと待っていたの。」


マーガレット・D・ナドール(末日聖徒イエス・キリストで若い女性達のリーダーをつとめた方)
「世には強情な女性は十分います。必要なのは心の優しい女性です。粗暴な女性は十分います。必要なのは思いやりのある女性です。無礼な女性は十分います。必要なのは品のある女性です。名声と財産を手にしている女性は十分います。必要なのは信仰の篤い女性です。貧欲はもう十分です。もっと慈しみが必要です。うぬぼれももう十分です。もっと徳が必要です。流行ももう十分です。もっと清さが必要です。」


そして、
エルザの母
「蒔いた種は刈り取る。」

聖書に何カ所か出てくるのですが、分かりやすいのはガラテア6:6−10
でしょうか。
昔、近所の子で服も汚く穴が空き、髪の毛もボサボサな女の子がうちに毎日来ていました。その子は私たちとは遊ばず、私の母とお話をしておやつを食べ、帰ります。ある時、私が「あの子は汚いから嫌!うちに入れないでよ。」と言うと、母は「蒔いた種は刈り取るのよ。例え、あの子から何か良いものをもらわなくても、まわりまわって、他の人から親切をしてもらえるの。だから、誰にでも親切にして、良い種をいっぱい蒔くといいのよ。」
そして、私の人生は全くその通りに!と言っても、どれだけ良い種を蒔けているのかは分からないのですが、まわりからいつもたーっくさんの愛と助けをいただいています。まわりの良い実たちに負けないぐらい、私もせっせと続けて良い種を蒔こうと心がけています。

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そして、今年に入って二人の大好きなおばあちゃんが亡くなったので、彼女達のことも少し。。。

エルザのおばあちゃん(父方)
「まーーーー、ぶったらなかん!」
方言で、「もう、捨ててしまわなければいけない」という意味。これを、梅干しを間違って食べてしまったような顔で。
私が、いつも賞味期限切れの物を食べようとしたり、ゴミ箱行きの物を使おうとしていたので、おばあちゃんは心配してこう言っていました。そして、お小遣いをくれるのです。笑。優しさの塊です。


エルザのおばあちゃんのお姉さん(母方)
これは、言葉ではないのですが。。。
先日、このおばさんのお葬式がありました。満90歳。病気で小さく痩せて亡くなられたのに、葬儀屋さんが運ぶ時にとても重かったようです。案の定、骨が極太で、男性用のお骨入れじゃないと骨が入らなかったそうです。彼女の人生を振り返ると、骨太だけではなく、野原を走り回る元気な女の子から、芯が強く、とても凛とした女性へとなった方でした。そんなおばさんが、かっこいいなーと思い、今でも私は彼女のファンです。


では今月の最後は、
村岡花子の
「ごきげんよう。さようなら。」で。

2014年3月30日日曜日

世界一の母親になる

私、エルザの夢は世界一の母親になること。もちろん、他の子ではなく、自分の子にとって。

結構簡単なように見えて、難しいと私は理解してます。そして、世界一やりがいのあるプロジェクトだ!と。


「結構簡単」と思うのは、セラピストとして小児科精神病棟で働いていた経験から。

そこに来る子どもは90%以上が、虐待、育児放棄など、それぞれに重度、軽度は違えど何らかの心へのダメージを親、または保護者から受けてきた子達。
そんな子達も、小学生ぐらいまではほとんどが、

「お母さんと離れたくない。うちに帰りたい。」と泣き叫びます。

彼らにとっては世界でたった一人の母親だからです。

「あんな劣悪条件で育てられても、母親の元に帰りたいのか。。。」とよく思ったものです。


極端な例でしたが、この経験から「私の子どもも、私がそんなに頑張らなくても、私を愛してくれるんだろうなー。」という、時に恐ろしい、時に平安を心に与える思想が私の根底にあります。

「難しい」と思うのは、母親業は「成功」が測れない、そして、果てがないからです。

もっというと、Aさんでは成功した育児法もBさんがやったら家庭崩壊の危機?!なんてこともありえるわけで、「数多とある情報から何が一番うちの次男に合ってるの?」なんていう、気が遠くなるような質問も出てきます。

実際、私も育児法の書籍を何冊か読みましたし、未だに読んでいます。笑。育児にまつわる講演会もしました。そこで、分かったことはやはり、ケースバイケースだということ。


それでも、やはり、声を大にして言いたいこと、

それは、

育児書のバイブル的存在は、正にバイブル。

私たちの教会では、バイブルとしてモルモン書、聖書、教義と聖約、高価な真珠の四書を使っているので、そこから得られるイエス・キリストの教えが最高の育児書です!!!



と言いたいんです!!


胸を張ってこう言えるようになるのも、私の挑戦の一つ。



ここで、今日の私の奮闘ぶりをみなさんに少し紹介したいと思います。

「信じて待つ」をモットーにする森のようちえん、森のわらべに今日は体験で行ってきました。

子どもの自ら育っていく力を信じ、子ども主役で親は忍耐。

今日の禁句は「早く」「あぶない」「きたない」。この三つの言葉を子どもに言わないこと。

雨の中、山道の散歩。しかも、道なき道を傾斜で降りていく場面もあって、正直、難しかった!
「あぶない」って子どもに言わないようにするの(笑)。

それでも、天を見上げると、宝石が木々を飾っていました。


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森のわらべの園長浅井智子さんは、なんと私と同じモルモン。彼女と初めて出会ったのは教会でした。

彼女が、最後にこっそり私に教えてくれました。

スタッフの中に同じ宗教の人はいないけど、やっていることはイエス・キリストの教えに沿ったもので、感謝や愛、温かさなど福音の土台になるものは皆にも伝わってきている。と。

どどどどーっと私の中に入ってきた「安堵感」「共感」。
 さらにはこんな聖句まで:


 さて、御言葉を一つの種にたとえてみよう。さて、もしあなたがたが心の中に場所を設けて、種をそこに植えるようにするならば、見よ、それがほんとうの種、すなわち良い種であり、またあなたがたが主の御霊に逆らおうとする不信仰によってそれを捨てるようなことがなければ、見よ、その種はあなたがたの心の中でふくらみ始めるであろう。そして、あなたがたは種がふくらみつつあるのを感じると、心の中で次のように思うであろう。『これは良い種、すなわち御言葉は良いものに違いない。これはわたしの心を広げ、わたしの理解力に光を注ぎ、まことに、それはわたしに良い気持ちを与え始めている。』(アルマ32:28)


そうなんです、「種」なんです。良い種が心を広げ、理解力に光を注ぎ、良い気持ちにさせてくれるのです。 力を加えて強制的にパンッと咲かせる「クラッカー」ではなく、忍耐して、太陽の光や水を少しずつ取っていった「種」が時間をかけて膨らむんです。

先日、娘とした会話を思い出しました。

私:「あれ?また背が伸びた?どうやってそんなに大きくなったの?」

2歳の娘:「そとで水であそんでたら、ぬれて、大きくなったの。」

私:「?そうなんだー。。。」

その時は分からなかったのですが、後から、娘が世話をしているお花たちがそうやって育つということに気づき、娘も植物と一緒の成長の仕方だと思ってるのだなーと心の中で微笑みつつ、でも、実際合ってるかも、と感銘を受けた私。

娘という種が育ち、芽を出し、花を咲かすのに、母の私は良い土を準備し、水をあげ、光に当て、「信じて待つ」をしたいと思いました。


今まで「信仰について」と読んでいた聖句から、育児の知恵をいただいた瞬間でした。

みなさんにとってのバイブル、そこからどんな育児の知恵を学んでいますか?