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2014年10月10日金曜日

雨☂ふれふれ...うれしいな。

雨の日。
飛ぶネコにとっては憂鬱です。
お日様の暖かい日差しが恋しくなるから。
一日家の中で過ごさなければならないから。
洗濯物が乾かないから。


数日続く雨を窓から眺めて、
いつ止むんだろう、とつぶやく途端に、
子どもたちに伝染する負の空気。
「雨の日は嫌い、なんて言っちゃダメよ。
雨がないと、水が飲めなくなっちゃうんだから、
この雨だって、神様からのお恵みなのよ。」
と、宗介のお母さん(『崖の上のポニョ』のリサ)のマネをして
気分を晴らそうとしてみたりします。


雨の晴れ間。
4歳と2歳の息子を連れて散歩に出かけることに。
雨上がりのにおいと外の新鮮な空気をゆったり楽しんでいると、
息子たちはすでに視界の外。
やっと外に出られる!という解放感が
彼らのロケット噴射に火をつけたらしいです。


待ってください。
解放=事件
という方程式があるのをご存知ですか?


だから、次に飛ぶネコが目にしたものは、
雷に打たれたかと思うほど衝撃的でした。
息子二人はトランポリンでもしているかのように
水たまりで飛び跳ね、大はしゃぎだったのです!


飛ぶネコが追いついた頃には
全身ビショ濡れ。
乾いているところが見当たらないほどの濡れようです。
ため息しか出てきません。


ここまでずぶ濡れだと、
靴が濡れるから、服が汚れるから、
風邪をひくから...。どの言い訳も使えません。
飛ぶネコが何も言わないのをいいことに
息子たちの笑い声がこだましていきます。


向こうから若者がやってくるのが見えたので
しぶきがかからないように、息子たちをなだめに行きました。


「いいお母さんですね。」


はい? いま、なんと???


「わたしのどこがいいお母。。。。」
と言いかけた時、


「ぼくが子どもの頃、
母親はぜったい、水たまりで遊ばせてはくれませんでしたよ。」


そう言って、
青年に気づかずに遊ぶ息子たちに優しいまなざしを向けて
彼は通り過ぎて行きました。


え?いいお母さん?
あ!わたし、いいお母さんになれたんだ―――!!!



The picture is from lds.org




















子育てに対する自信がなくて
飛ぶネコの心も連日雨模様に感じている時でした。


何日か前、ご近所のお母さんは
子どもと一緒に雨の中で踊っていたんです。
お母さんは、唄いながらバレリーナのように、
子どもたちは傘をクルクル回しながら。
まさに、Singin’ in the Rain です。


そんなご近所さんに視線が釘付けの息子たちがいたことに
気づいていたんです。
飛ぶネコも心の中で、楽しそうだな、とは思っていたのですが、
それを口に出すことをかたくなに拒否していたのに
気づいていたんです。
仕事が増えるんだから、やってられないよ、そんなこと、って。


でも、そんな余裕のない自分にガッカリもしていました。


不平と言い訳だらけで埋まりそうだったその日の日記は、
別の世界を見せてくれた青年の一言のおかげで
飛ぶネコの育児教訓として綴られて、
生涯心に残る思い出になったのでした。

2014年5月30日金曜日

輝く母親★格言集

私、エルザの大好きな母親たち。そして、彼らのコドバを綴ってみました。お楽しみあれ。

ターシャ・テューダー
「子供達が小さい頃は、しじゅう疲れていましたけどそういうものだと思っていたので、苦労だとは思いませんでしたね。」


渡辺和子
「置かれた場所で咲きなさい。」


Maria Covey Cole
"…contentment is a process. …… entrusting myself to God's care, gaining perspective, shunning comparison, overcoming discontentment, learning to be content, and finally, allowing my nature to be changed through the grace of Christ" (Contentment Inspiring Insight for LDS Mothers, p3-4).
「充実感を味わうのはプロセスです。神の御手に身を委ね、物事に対する視点を増やし、他と比べることをせず、不満に思う事を克服し、充実感が持てるよう学び、自分の本質をイエス・キリストの恩恵によって変えることです。」

浅井智子
ご長男がお腹に宿ったときに作った歌だとか。私も森のわらべ(森のようちえん)へ参加させてもらった時に聴きました。

「私を ママにしてくれて 本当にありがとう。
あなたが 我が家に来るのを ずっとまっていたの。
ママもパパもドジばかり スーパーマンじゃないけれど
あなたが そこにいるだけで かけがえのない喜びなの。
私を ママにしてくれて 本当にありがとう。
あなたが 我が家に来るのを ずっと待っていたの。」


マーガレット・D・ナドール(末日聖徒イエス・キリストで若い女性達のリーダーをつとめた方)
「世には強情な女性は十分います。必要なのは心の優しい女性です。粗暴な女性は十分います。必要なのは思いやりのある女性です。無礼な女性は十分います。必要なのは品のある女性です。名声と財産を手にしている女性は十分います。必要なのは信仰の篤い女性です。貧欲はもう十分です。もっと慈しみが必要です。うぬぼれももう十分です。もっと徳が必要です。流行ももう十分です。もっと清さが必要です。」


そして、
エルザの母
「蒔いた種は刈り取る。」

聖書に何カ所か出てくるのですが、分かりやすいのはガラテア6:6−10
でしょうか。
昔、近所の子で服も汚く穴が空き、髪の毛もボサボサな女の子がうちに毎日来ていました。その子は私たちとは遊ばず、私の母とお話をしておやつを食べ、帰ります。ある時、私が「あの子は汚いから嫌!うちに入れないでよ。」と言うと、母は「蒔いた種は刈り取るのよ。例え、あの子から何か良いものをもらわなくても、まわりまわって、他の人から親切をしてもらえるの。だから、誰にでも親切にして、良い種をいっぱい蒔くといいのよ。」
そして、私の人生は全くその通りに!と言っても、どれだけ良い種を蒔けているのかは分からないのですが、まわりからいつもたーっくさんの愛と助けをいただいています。まわりの良い実たちに負けないぐらい、私もせっせと続けて良い種を蒔こうと心がけています。

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そして、今年に入って二人の大好きなおばあちゃんが亡くなったので、彼女達のことも少し。。。

エルザのおばあちゃん(父方)
「まーーーー、ぶったらなかん!」
方言で、「もう、捨ててしまわなければいけない」という意味。これを、梅干しを間違って食べてしまったような顔で。
私が、いつも賞味期限切れの物を食べようとしたり、ゴミ箱行きの物を使おうとしていたので、おばあちゃんは心配してこう言っていました。そして、お小遣いをくれるのです。笑。優しさの塊です。


エルザのおばあちゃんのお姉さん(母方)
これは、言葉ではないのですが。。。
先日、このおばさんのお葬式がありました。満90歳。病気で小さく痩せて亡くなられたのに、葬儀屋さんが運ぶ時にとても重かったようです。案の定、骨が極太で、男性用のお骨入れじゃないと骨が入らなかったそうです。彼女の人生を振り返ると、骨太だけではなく、野原を走り回る元気な女の子から、芯が強く、とても凛とした女性へとなった方でした。そんなおばさんが、かっこいいなーと思い、今でも私は彼女のファンです。


では今月の最後は、
村岡花子の
「ごきげんよう。さようなら。」で。

2014年5月10日土曜日

母の日記念ーお母さんありがとう特集

母に感謝していること



信念を貫きとおした
☆:;;::;;:*:;;::;;:☆


「みんなもやっているし」
「独りだけできないのは嫌だ」
「お母さんの考えは古いんだよ」
という、飛ぶネコの罵声にも負けず
いけないことはいけない、
必要ないことは必要ない
というのを貫き通してくれました。

おかげで、今の飛ぶネコには
母のように揺るがない価値観と信念が出来上がりました。




不平を言わずに難しいことをやり抜いた
☆:;;::;;:*:;;::;;:*:;;::;;:*:;;::;;:☆


仕事と家庭を両立していた母。
現在、母となった飛ぶネコは
子育てだけで精一杯。
これに、仕事が入ってくるなんて、
とてもじゃないけど考えられません。

育児に疲れて夕食の準備を怠りたくなる時、
帰宅後休まず食事の準備をしていた母のことを思い出し
キッチンに立つことがよくあります。




品格のある女性
☆:;;::;;:*:;;::;;:☆


母は、家長としての父を尊敬・尊重し、
そういう母の思いを父も尊重していた、というのが
子ども心にもよく理解できました。

昔の人だから、と言われればそれまでですが、
とても大事なことだと感じるのです。

夫婦間でもお互いを尊敬し、尊重する関係は
保たれるべきものであり、
それが円満の秘訣じゃないかと。

そういう思いをさりげなく実行していた母は
女性として真の品格を身につけていた人だと感じます。




犠牲を惜しまない
☆:;;::;;:*:;;::;;:☆


家族にはもちろん、他人のためにも
自分の労働を惜しまない人でした。

見る人が嫌な気持ちになるからと、人が落したゴミを拾ったり、
(長男はわたしが話したこのおばあちゃん像を聞いて、
同じことをやっています。)
ゴミ収集所の掃除をしたり、
かわいそうだと言っては捨て猫や捨て犬にご飯をあげたり、
(でも、飼ってはくれませんでした。笑)
困っている人を見かけると声をかけ、
いつも周りの人を気遣って、自分のことは後回しでした。




読書好き
☆:;;:*:;;:☆


実家の壁は本でビッシリ。
自分の時間があれば読書をしている母でした。

一人で旅行に行く性質ではない母にとって、
忙しい父が連れ出してくれないことは
もしかしたら、不満の種であり、
その鬱憤を小説の世界で晴らしていたのかもしれない
と、今では思います。

母が本が好きだったから、
わたしも本を読むのが好きになりました。
読書という共通の趣味で母と語り合うことができるのを
嬉しく思います。




元祖!Upcycleの達人
☆:;;::;;:*:;;::;;:☆


とにかく、物を捨てず、新しい物を買わずに
その物の寿命を大事にすることが上手でした。

飛ぶネコのUpcycle熱は、母から受け継がれたものでしょう。







そして、最後に付け加えたい話が二つ。



長男の出産を経験した時のこと。

予定日の翌日の早朝、陣痛が始まりました。

病院に電話してから破水し、
到着した時には、尿道カテーテルを入れられ、
ベッドに括り付けられた状態でした。


陣痛が強まっていく中で
主人から連絡を受けた母が駆けつけてくれました。
痛みでゆがむ娘の顔を見て
腰をさすってくれる母に、
「世の中のお母さんって
こんな思いをして子ども産むなんて、すごいね。」
と言いながら、わたしを産んでくれた母への感謝の涙が
頬をつたいました。




締めは、ピアノの話。

飛ぶネコの家には、新品のアップライトピアノがありました。
そのピアノは10年間、飛ぶネコの指と共演してくれました。


ある光景が記憶に残っています。

月に一度、おばさんが訪ねて来るんです。
その人が来ると、母は台帳のようなものに、
切手のようなものを貼ってもらっていました。
今思えば、それは、
月賦払いの
ピアノの代金だったのです。


当時は、家にピアノがあるのは珍しい時代。
家もまだ建てていなかったのに、
なぜ母は、そんな高い買い物をしたのでしょう。


「お母さんはレコードでピアノの曲をよく聴いていたし、
娘に何か習い事をさせたい、ピアノを弾かせたいと思ったから」
とのこと。


買ったピアノを娘が好きになるとは限らなかったのに、
思い切った買い物だと思いませんか。


『星になった少年』という映画、ご覧になりましたか?
哲夢くんが象を好きになった理由を
彼女だった絵美ちゃんがお母さんに告げるシーン。
とても心に残っています。

そして、わたしもそうだったな、と思うのです。


お母さん、すべてに感謝していますよ。

# 母親 #母の日 #ItWasMom
Motherhood
 

2014年3月30日日曜日

世界一の母親になる

私、エルザの夢は世界一の母親になること。もちろん、他の子ではなく、自分の子にとって。

結構簡単なように見えて、難しいと私は理解してます。そして、世界一やりがいのあるプロジェクトだ!と。


「結構簡単」と思うのは、セラピストとして小児科精神病棟で働いていた経験から。

そこに来る子どもは90%以上が、虐待、育児放棄など、それぞれに重度、軽度は違えど何らかの心へのダメージを親、または保護者から受けてきた子達。
そんな子達も、小学生ぐらいまではほとんどが、

「お母さんと離れたくない。うちに帰りたい。」と泣き叫びます。

彼らにとっては世界でたった一人の母親だからです。

「あんな劣悪条件で育てられても、母親の元に帰りたいのか。。。」とよく思ったものです。


極端な例でしたが、この経験から「私の子どもも、私がそんなに頑張らなくても、私を愛してくれるんだろうなー。」という、時に恐ろしい、時に平安を心に与える思想が私の根底にあります。

「難しい」と思うのは、母親業は「成功」が測れない、そして、果てがないからです。

もっというと、Aさんでは成功した育児法もBさんがやったら家庭崩壊の危機?!なんてこともありえるわけで、「数多とある情報から何が一番うちの次男に合ってるの?」なんていう、気が遠くなるような質問も出てきます。

実際、私も育児法の書籍を何冊か読みましたし、未だに読んでいます。笑。育児にまつわる講演会もしました。そこで、分かったことはやはり、ケースバイケースだということ。


それでも、やはり、声を大にして言いたいこと、

それは、

育児書のバイブル的存在は、正にバイブル。

私たちの教会では、バイブルとしてモルモン書、聖書、教義と聖約、高価な真珠の四書を使っているので、そこから得られるイエス・キリストの教えが最高の育児書です!!!



と言いたいんです!!


胸を張ってこう言えるようになるのも、私の挑戦の一つ。



ここで、今日の私の奮闘ぶりをみなさんに少し紹介したいと思います。

「信じて待つ」をモットーにする森のようちえん、森のわらべに今日は体験で行ってきました。

子どもの自ら育っていく力を信じ、子ども主役で親は忍耐。

今日の禁句は「早く」「あぶない」「きたない」。この三つの言葉を子どもに言わないこと。

雨の中、山道の散歩。しかも、道なき道を傾斜で降りていく場面もあって、正直、難しかった!
「あぶない」って子どもに言わないようにするの(笑)。

それでも、天を見上げると、宝石が木々を飾っていました。


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森のわらべの園長浅井智子さんは、なんと私と同じモルモン。彼女と初めて出会ったのは教会でした。

彼女が、最後にこっそり私に教えてくれました。

スタッフの中に同じ宗教の人はいないけど、やっていることはイエス・キリストの教えに沿ったもので、感謝や愛、温かさなど福音の土台になるものは皆にも伝わってきている。と。

どどどどーっと私の中に入ってきた「安堵感」「共感」。
 さらにはこんな聖句まで:


 さて、御言葉を一つの種にたとえてみよう。さて、もしあなたがたが心の中に場所を設けて、種をそこに植えるようにするならば、見よ、それがほんとうの種、すなわち良い種であり、またあなたがたが主の御霊に逆らおうとする不信仰によってそれを捨てるようなことがなければ、見よ、その種はあなたがたの心の中でふくらみ始めるであろう。そして、あなたがたは種がふくらみつつあるのを感じると、心の中で次のように思うであろう。『これは良い種、すなわち御言葉は良いものに違いない。これはわたしの心を広げ、わたしの理解力に光を注ぎ、まことに、それはわたしに良い気持ちを与え始めている。』(アルマ32:28)


そうなんです、「種」なんです。良い種が心を広げ、理解力に光を注ぎ、良い気持ちにさせてくれるのです。 力を加えて強制的にパンッと咲かせる「クラッカー」ではなく、忍耐して、太陽の光や水を少しずつ取っていった「種」が時間をかけて膨らむんです。

先日、娘とした会話を思い出しました。

私:「あれ?また背が伸びた?どうやってそんなに大きくなったの?」

2歳の娘:「そとで水であそんでたら、ぬれて、大きくなったの。」

私:「?そうなんだー。。。」

その時は分からなかったのですが、後から、娘が世話をしているお花たちがそうやって育つということに気づき、娘も植物と一緒の成長の仕方だと思ってるのだなーと心の中で微笑みつつ、でも、実際合ってるかも、と感銘を受けた私。

娘という種が育ち、芽を出し、花を咲かすのに、母の私は良い土を準備し、水をあげ、光に当て、「信じて待つ」をしたいと思いました。


今まで「信仰について」と読んでいた聖句から、育児の知恵をいただいた瞬間でした。

みなさんにとってのバイブル、そこからどんな育児の知恵を学んでいますか?