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2015年4月23日木曜日

日常の嬉しいこと

飛ぶネコは、子どもらの通う小学校で
ボランティアをしています。


美術の先生のお手伝いで、
生徒の描いた作品を展示したり、
それを回収したりしています。


絵心はないですが、
美術作品の鑑賞が大好きな飛ぶネコにとっては
とても楽しいお手伝いになっています。


特に、知っている子の作品には
非常に興味をそそられます。
「あ~、作品にあの子の性格が表れているなぁ」
「へぇ、この子は、こんな表現ができるんだぁ」
と、作品を展示しながら思うわけです。


廊下の壁に作品を展示している飛ぶネコの姿が
そこを通る先生方の目に良く留まります。
大抵、挨拶を交わして終わりですが、
「今日も見やすく絵を展示してくださってありがとう」
と、飛ぶネコの仕事ぶりを褒めるお言葉をくださる先生、
「この作品は、ちょっと興味深いわね。」
と、作品に対してコメントしてくださる先生、
「この間、こんなことがあったのよ。」
と、つかの間のおしゃべりに誘ってくださる先生。


この先生方をよく見ていると、
他の先生にも生徒にも、同じように
何かしら声をかけていらっしゃるんです。
人のことを気に懸けて、なにかいい事を言おうと
心がけていらっしゃるのか、
それとも、それが自然とできるお人柄なのか。


この先生方のやっていることを観察し、学べることが
このボランティアの仕事を一層貴重な経験にしています。


レオ ブスカーリアという教育学者がこんな事を言っています。

『触れ合い、笑顔、気さくな言葉、話を聴く耳、
心からの褒め言葉、人を気に懸けた些細な行為。
これらの行為が生み出す力を見過ごしていることの多い私たち。
でも、どれも人生を変えるほどの力を持っているのです。』


話下手が弱点と自称する飛ぶネコですが、
先生方の模範に感化されて、
誰かのことを気に懸けることから始めてみようと
勇気をもらっています。



2015年3月11日水曜日

Stepping Stones―キルトに託した夢

3月、卒業のシーズンです。
新たな旅立ちを前に希望と不安が入り混じった時期ですね。

今回は、新しい人生に向かって新たな一歩を踏み出す人々に
希望と励ましを与えるプロジェクト―児童養護施設に
キルトを寄贈するという活動を行っている
Stepping Stones「ステッピング・ストーンズ」の代表、
関口貴子姉妹にお話を伺いました。


Q:この活動を始めることになったきっかけを教えていただけますか?


関口: 活動の発端は、1999年に末日聖徒イエス・キリスト教会
日本仙台伝道部の伝道部会長として召されたコナン・グレームス会長
と奥様のシンディー・グレームス姉妹の
愛に溢れた贈り物からです。


お二人は、教会員の家庭に生まれた子どもたちが
福音を教えられて成長し、将来伝道や神殿結婚することを
心から願って、
担当地域に住む会員のご夫婦に
赤ちゃんが誕生した際、
500円を伝道あるいは神殿結婚基金
としてプレゼントしたのです。



そして、グレームス姉妹は趣味を生かして、お祝いにと
キルトを贈りました。
この贈り物は赤ちゃんが誕生したご夫婦に
とても喜ばれたため、
彼女は次々とキルトを贈っていきました。


Q:グレームス姉妹は、伝道部会長夫人として多忙であられたと
想像しますが、
お一人で活動されていたのですか?


関口: 非常にユニークなのは、彼女たちのもとに派遣されてきた
若い宣教師の
母親や彼女の友人たちにも協力を波及させたことです。
親元から遠く離れて異国の地で奉仕する息子、娘たちを心配する
母親たちの心を
子どもたちと同じ伝道活動に向けさせ、
そこから得られる喜びを親子で体験できるように計らったのです。


この素晴らしいアイディアのおかげで、3年の任期が終了するまでに
75枚を越えるキルトを贈ったそうです。



Cindy Grames @ her home

Q:現在のように、児童養護施設に
キルトを寄贈することになったのは
いつ頃からなのでしょう?


関口: グレームス姉妹はご主人の
グレームス長老と共に2010年に
再来日しました。ご夫婦でアジア
北地域広報ディレクターに召された
ためです。2年の奉仕中には、
かつて伝道部会長として3年を
過ごした地が未曾有の大震災に襲われるという出来事がありました。


被災地を度々訪問し、教会の支援活動をサポートするという
難しい仕事が一段落する頃、グレームス姉妹は東京の地においても
キルト作りを活かした奉仕活動をしたい、という思いを強められ
ました。



そして、児童養護施設を18歳で退園しなければならない
少年少女たちに、卒業の門出を祝ってキルトをプレゼントしては、
という考えに行き着いたわけです。


しかし、当初はキルト寄贈を受け入れてくださる施設を
なかなか見つけることが出来ませんでした。ようやく受け入れて
くださる施設を見つけることが出来たのは、
グレームス夫妻が
帰国間近のことでした。



前リーダーのJulie Welchと寄贈先のシスター
カトリック教会で奉仕活動に
熱心に関わっている日本人
女性との面識を得て、その方
からの紹介で、都内にある
2カ所の児童養護施設に
キルト寄贈の道筋を作ることが出来たのです。



Q:その後は、どのように活動が発展していったのですか?

関口: 帰国直前の2012年6月、グレームス姉妹は
3人の在日アメリカ人姉妹と2人の日本人姉妹を招き、
このキルトプロジェクトを紹介し、翌春のキルト贈呈が
実現できるよう人道支援のグループを作りました。
そのうちの一人が私でした。


その後まもなく広報ディレクターとしての任期を終え、
ご主人とユタ州へ戻られたグレームス姉妹は、
アメリカで、キルトを作り寄付してくれる姉妹たちを探し、
活動を進めました。


一方、日本では3人のアメリカ人女性のうちの一人、
ジュリー・ウェルチ姉妹がリーダーとなり、
東京に於いてキルト作成の割当やキルティング分担の
調整を図ることに。


そして、私にとっての課題は、日本人姉妹たちの中で
このプロジェクトを進めることでした。


幸いにも私の所属する東京ステーク会長は勿論、
ステーク扶助協会会長もこのプロジェクトに賛同して下さり、
毎年、東京ステークの各ユニットで扶助協会その他の集会として、
キルトトップ作りに協力して下さっています。


善意に富む多くの姉妹の皆さんのお陰で、
日本とアメリカの双方に於いてこのプロジェクトは着実に
少しずつ広がっています。


グレームス姉妹が帰国された2012年は、この活動を
支持するアメリカ人姉妹たちにより7枚のキルトが
作られ、2013年春、2カ所の児童養護施設から自立の
道に旅立つ7人の卒業生に初めて寄贈しました。

若い少年少女の門出を手作りキルトでお祝い出来たのです。

翌2014年春には、1カ所増えて、3カ所の児童養護施設の
卒業生に14枚のキルトがプレゼントされました。


このプロジェクトをスタートしてから、まだ3年ですが、
これまでに日米で多くの姉妹たちが個人でキルトを作って
くださいました。

中には毎年寄付して下さる方々もいます。
また、毎年協力して下さっている東京ステーク以外に
武蔵野ステーク国立ワードの姉妹たちが手縫いで
参画して下さいました。


特に大きな力になっているのは、ロングアームミシンで
たくさんのキルティングをしてくださった

ジェニファー・ダービー姉妹やローラ・ハーシー姉妹です。
彼女たちの無私の働きがなければ成り立っていなかったことでしょう。


そして、アジア北地域会長会の奥様であるリングウッド姉妹、
ホワイティング姉妹も多忙にもかかわらず、キルティングを
手伝って下さいました。



そして、今春寄贈の内の2枚はOceanwave Quiltersという
一般のキルトグループの皆様から提供をいただいています。


このように日米双方で個人的に無償でキルトを作り、
提供してくださる方々の善意がこの活動を進める大きな力
なっている傍ら、キルトを自分で縫えないけれど
代わりに縫ってくれる人のためにと、金銭的支援を
申し出てくださった方々の助けも大変貴重です。


Q:プロジェクトの名称「ステッピング・ストーンズ」には
どんな思いが込められているのか、お話しいただけますか?


関口: 私たちが寄贈するキルトは、事前に卒業生の
好みの色をお聞きして作っているのですが、
パッチワークパターンはすべて一緒です。
それはSticks and Stonesというパターンで、
「Stepping Stones ステッピング・ストーンズ」という
名称の由来になっています。
寄贈の記念写真黄色キルト
寄贈の記念写真青いキルト
毎年、キルトをプレゼントする際に添えている次のメッセージによって、
私たちグループの思いに触れていただけるかと思います。

******
わたしたちは「Stepping Stones(ステッピング・ストーンズ)」
という名前のグループです。


日本の庭園にある「踏み石、または飛び石」という意味です。
あなたが今、人生の新たなステップを踏み出す助けになるように
という願いを込めて名付けました。

そして、その願いが伝わるようにとこのキルトを作りました。
このキルトのパッチワークは、スティック&ストーン(棒と石)
というパターンを使ったもので、
2センチ角の小さな布の部分が
ストーンを表しています。


あなたが未来に向かって大きく羽ばたき、飛び立てることを
心から願っています。


このキルトにくるまるとき、あなたの幸せを願っている人が
確かにいることを感じ、
体と心の両方が温かくなるとうれしいです。

あなたの未来が明るいものとなりますように!
愛を込め
***Stepping Stones***
Stepping Stones ラベル











児童養護施設を卒業する18歳の子どもたちが、
キルトを見るたびに、自分のことを気にかけてくれる人が
いることを感じ、一歩一歩進む勇気と希望を持ってくださるよう
願っています。


Q:関口姉妹が代表となったのはいつからですか?


関口: 私は、グレームス姉妹が帰国間際に、このプロジェクトを
立ち上げるために、
声を掛け、集められた5人の姉妹たちのひとり
でしたが、
それまで簡単なベビーキルトしか作ったことがなく、
出来るだろうかと不安でした。



でも、「それならもう立派なキルターよ!」と快活に答える
グレームス姉妹に励まされ、
人生初のパッチワークに挑戦しました。


布の選び方からカッティング、縫い方まで教えていただきました。
そして、中野ワードの姉妹たちに助けてもらい、初めて本物?
のキルトを縫い上げることができました。


スーパービギナーだった私でしたが、キルトを通して出会った方々から
次々に新しいことを学ぶことが出来、
人生の新しい扉をどんどんと
開いて行けたように感じています。



布選びやピーシングなどに大分慣れた頃の昨年一月、
ウェルチ姉妹からご主人が伝道部会長として召され、
七月に日本神戸伝道部へ行くことをお聞きました。
そして、リーダーを私が引き継ぐことに。
晴天の霹靂という言葉がぴったりの心境でしたが、
やるしかない!と腹をくくりました。
何故って、この素晴らしい人道支援プロジェクトを途切れさせたくない
と強く思ったからです。


それでも私に務まるだろうかと大きな不安に駆られるときには、
神殿で導きを求めて祈り、前進する力をもらいました。


Q:このプロジェクトに関わることで、関口姉妹自身にはどんな影響がありましたか?


関口: この人道支援キルトプロジェクトがスタートして以来、
とても興味深く感じていることは、備えられた人との出会いです。


今までパッチワークやキルトに関して門外漢であった私は、
そのような趣味を持っている姉妹たちを、誰一人として
知りませんでした。


中野ワードキルトの会
協力して下さる方を見つけることは今後のステッピング・
ストーンズにとって大事なことです。周りの人々にこの
プロジェクトを紹介しているとき、「趣味のパッチワークを
生かして人の役に立ちたいと思っていたのよ!」協力を
表明してくださる方々と、出会うはずのないタイミングで
巡り合うという奇跡も!

本当に不思議ですが、伝道とよく似ています。自分自身が
実際に行動し口を開いて語るなら、道は開けるのだと実感しました。


Q:ステッピング・ストーンズの今後の展望は?


関口: こよなく日本人を愛し、その愛の手を差し伸べてくださっている
グレームス姉妹を始め、
このキルトプロジェクトのために
日米のLDSの姉妹たちが
共に協力して奉仕していることに
大きな意味があります。



キルターの方々だけでなく、これから自分の才能を見つけたい
と思っている方も
ぜひ挑戦してくださるとうれしいです。


昨春にプレゼントしたキルトの中の1枚は、
若い女性からのものでした。
成長する私のプロジェクトとして作り寄付してくれたのです。
とても価値ある1枚だと感動しました。


彼女にとってキリストのような慈愛を心に満たし、
才能を伸ばす1枚となり、プレゼントされる卒業生にとっては、
それがこれからの人生の中で勇気や励ましや愛を
感じるものとなるのです。


今後、さらにキルトを提供して下さる方が増え、
多くの児童養護施設卒業生に旅立ちを祝う
手作りキルトをプレゼント出来るようにと願っています。


Q:最後に、読者の皆さんに伝えたいメッセージは?


関口: キルト作りをするようになって初めてわかったことの1つは、
ミシンの縫い物をするのがとても楽しく感じる自分自身がいる
ことです!布選びに頭を悩ませるのもすごく楽しいですよ。
布選びをする関口姉妹

そして、私たちが作っているこのパターンならシンプルで簡単なのに、
不思議なくらいとても素敵な仕上がりに見えるのです。


今、この記事を読み、パッチワークなんてやったことないもの〜
と思っている方も、始めてみれば私のように新しい自分に
出会えるかもしれませんよ!




 § 編集後記 §
グレームス会長姉妹の500円玉とキルトのプレゼントは、
二人が若かった頃、当時の預言者キンボール大管長が、
ステーク大会で1人のアロン神権者を呼び、1ドル銀貨を手渡し、
「これで宣教師資金を貯めることを始めますか?」
と尋ねたことを模範に始められたととのことです。


また、両親が日々子どもたちを教えるよう励ます目的で、
日本仙台伝道部の宣教師たち全員のサインが記された
証書も送り、キルトには仙台伝道部のラベルを付けた
ということです。

グレームス姉妹の周りの人を気遣い、愛を示す模範から始まった
キルトプロジェクトは多くの人に希望と幸せを分かち合う
素敵なプロジェクトとして活動を続けています。



2015年1月22日木曜日

思い通りにならなくても自分らしくあれ -第2弾


飛ぶネコにとって大事なものは時間です。


やりたいことがたくさんある飛ぶネコは
一日の中で少しでも多くの事をこなせると
達成感と満足感を味わえます。







今日、娘を幼稚園に迎えに行って
家に着いたのは午後1時。


娘のお迎えの時間は11時50分。
我が家は、幼稚園から7分の距離にあります。
娘と一緒に歩いても、15分で帰って来られます。
はてさて、なぜ、そんなに時間がかかったのでしょう。


娘は帰り道、幼稚園の敷地内にある遊具に
見事に誘惑されました。
娘の帰宅時間には大勢のお兄ちゃんお姉ちゃんが
休み時間で遊んでいるからです。
それに、今日は冬とは思えないほどのポカポカ陽気で
外遊びにはもってこいの天気でした。


その数日前、娘を連れて買い物に出かけていた時のことです。
車を降り、おんぶにだっこをせがまれ、
喉が渇いたので給水、トイレ休憩、なんてしていると
店に着いてから10分も経っているのに
買い物かごも持っていませんでした。


こうなることを予測せずに娘と一緒に来たわたしって
容量悪いったらありゃしない。
やっぱり一人で来て、
ささっと買い物をすませればよかった、
と後悔している飛ぶネコが想像できるでしょう。


やっと買い物が終わって車のエンジンをかけようとすると、
「ちょっと休憩~」と、笑顔で言う娘。
飛ぶネコと一緒に運転席に座ってきました。
『くぅぅぅぅ、貴重な時間がどんどん無くなっていく。。。。』
拳を握って、我慢のポーズでいる飛ぶネコに、
娘がピトッと寄り添ってきました。

















実は、この時、不思議なことが起こっていました。
娘にとっての買い物は、
必要な物をそろえる時間じゃなくて
「お母さんとの楽しい時間なの」、
と訴える娘の気持ちが、
その「ピトッ」から伝わってきたんですね。


手の力が緩んでいくのを感じながら
飛ぶネコの記憶は
昔の自分へとタイムスリップしていきました。


子どもらが幼いころ、
学生寮に住んでいた飛ぶネコ一家。
洗濯はコインランドリーでした。


寮からランドリーまでは約30m。
走って行ってくれば、
洗濯を回して5分で帰ってこられます。
それから、食器を洗ったり、部屋の掃除をしたりで
午前中が終わります。


というのが飛ぶネコが予定していた
一日の過ごし方だったのに、
実際に洗濯にかかった時間はなんと3時間!


想定外の一日はこうして始まります。
ランドリーまでの30mにある公園。
ここが最大の難所。
道草を食うこと、40分。
やっとランドリーに着いたかと思ったら、
今度は、目の前の公園で、
洗濯が終わるまでの2時間たっぷり遊ばれます。
帰路に再び迫る公園に立ち寄るのを避ける光景は、
一人捕まえては、もう一人が逃げ出しという
イタチごっこでした。


家に帰ると、
たたまなければならない洗濯の山。
そして、キッチンには食器の山。
家の中はおもちゃが散乱。
子どもらのお腹を満たしたら、
やっと自分の予定通り動ける、
と算段して、昼寝を楽しみに待ちました。


その後、なかなか昼寝モードにならない子どもらに
イライラがどんどん募り、
一日の終わりが近づいているのに
何一つ片付いていない現実をみて、
頭から火を噴く毎日だったのでした。


この時期、息子たちと交わした言葉は
「はやくして!」
「そんなことは今やらなくていいの!」
「かあさん、やらなきゃいけない大事なことがあるんだけど!」
会話にならない言葉しか浴びせていない自分を
情けなく感じたのには、理由がありました。


自分の思い通りにはいかなくても、
やらなきゃいけない事のリストが全然終わらなくても、
私にとって今、大事なことは
子どもの目線で時間を過ごすことであって、
自分の思い通りに時間を過ごすことじゃない、と決めたはず、
だったからです。







ラーメン好きの夫とのデートで
おいしい塩ラーメンを食べるために1時間半行列に並んだ後、
「これって時間の無駄」と宣言した飛ぶネコ。


そういえば、ラーメンの行列に並んだのは、
あの一度っきりです。


夫は、彼の大好きなものを味わった後に見せる
飛ぶネコの笑顔を想像してワクワクしていたことでしょう。
それなのに、再び行列に並ぶことを拒否してしまったわたし。
あの時、夫の愛を台無しにしてしまったのだなぁ、
と気がついたのが、これまた「ピトッ」の時だったのです。


娘の「ピトッ」で痛感したこと。
それは、《自分が我慢している》と感じるステージは
そろそろ卒業しないとな、でした。


この新たな決意を示すべく、息子たちに
「いっしょに買い物に行く人!」と朗らかに宣言してみました。


しかし、もうすぐティーンの息子諸君は、
「はぁ?うちでテレビを見ていた方がいい」という返答。


当然です、これ。


君たちがまだ幼いころに
もっと楽しげにできればよかったことだったのよね。
『あの頃の君たちにとって大事だったことを
かあさん、わかっていなくてごめんなさい。』
と、心の中で詫びていました。


後悔しても手遅れなんですが、
気づかせてくれてありがとう、
という気持ちを「ピトッ」の一件に感じています。


誰かを心から無条件に愛せる気持ち。
これまで長い間それを求めて、頑張ってはきたものの、
まだまだほど遠いと感じていたものが
やっときた!と気づかされた出来事でした。


この「きた!」ものは、
今後、努力、我慢という次元のものではなくて
それを超えた何かとして存在し続けるのであろうと
心のどこかで感じているんですよね。


慈愛は長く堪え忍び、親切であり、
ねたまず、誇らず、自分の利益を求めず、
容易に怒らず、悪事をすこしも考えず、」(モロナイ書7章45節)
という聖書の言葉が浮かんできました。


今は、「かあさんと一緒に買い物行く人!」
と、笑顔で言えます。


そして、夫に「ラーメン並ぼうよ!」って、
飛ぶネコから言って、喜んでもらおうと思ってます。

2014年10月10日金曜日

雨☂ふれふれ...うれしいな。

雨の日。
飛ぶネコにとっては憂鬱です。
お日様の暖かい日差しが恋しくなるから。
一日家の中で過ごさなければならないから。
洗濯物が乾かないから。


数日続く雨を窓から眺めて、
いつ止むんだろう、とつぶやく途端に、
子どもたちに伝染する負の空気。
「雨の日は嫌い、なんて言っちゃダメよ。
雨がないと、水が飲めなくなっちゃうんだから、
この雨だって、神様からのお恵みなのよ。」
と、宗介のお母さん(『崖の上のポニョ』のリサ)のマネをして
気分を晴らそうとしてみたりします。


雨の晴れ間。
4歳と2歳の息子を連れて散歩に出かけることに。
雨上がりのにおいと外の新鮮な空気をゆったり楽しんでいると、
息子たちはすでに視界の外。
やっと外に出られる!という解放感が
彼らのロケット噴射に火をつけたらしいです。


待ってください。
解放=事件
という方程式があるのをご存知ですか?


だから、次に飛ぶネコが目にしたものは、
雷に打たれたかと思うほど衝撃的でした。
息子二人はトランポリンでもしているかのように
水たまりで飛び跳ね、大はしゃぎだったのです!


飛ぶネコが追いついた頃には
全身ビショ濡れ。
乾いているところが見当たらないほどの濡れようです。
ため息しか出てきません。


ここまでずぶ濡れだと、
靴が濡れるから、服が汚れるから、
風邪をひくから...。どの言い訳も使えません。
飛ぶネコが何も言わないのをいいことに
息子たちの笑い声がこだましていきます。


向こうから若者がやってくるのが見えたので
しぶきがかからないように、息子たちをなだめに行きました。


「いいお母さんですね。」


はい? いま、なんと???


「わたしのどこがいいお母。。。。」
と言いかけた時、


「ぼくが子どもの頃、
母親はぜったい、水たまりで遊ばせてはくれませんでしたよ。」


そう言って、
青年に気づかずに遊ぶ息子たちに優しいまなざしを向けて
彼は通り過ぎて行きました。


え?いいお母さん?
あ!わたし、いいお母さんになれたんだ―――!!!



The picture is from lds.org




















子育てに対する自信がなくて
飛ぶネコの心も連日雨模様に感じている時でした。


何日か前、ご近所のお母さんは
子どもと一緒に雨の中で踊っていたんです。
お母さんは、唄いながらバレリーナのように、
子どもたちは傘をクルクル回しながら。
まさに、Singin’ in the Rain です。


そんなご近所さんに視線が釘付けの息子たちがいたことに
気づいていたんです。
飛ぶネコも心の中で、楽しそうだな、とは思っていたのですが、
それを口に出すことをかたくなに拒否していたのに
気づいていたんです。
仕事が増えるんだから、やってられないよ、そんなこと、って。


でも、そんな余裕のない自分にガッカリもしていました。


不平と言い訳だらけで埋まりそうだったその日の日記は、
別の世界を見せてくれた青年の一言のおかげで
飛ぶネコの育児教訓として綴られて、
生涯心に残る思い出になったのでした。

2014年6月19日木曜日

父の日


私の父はお人好しである。


仕事がずっと続いて休みが全く取れない日でも
人が喜ぶことをする時間は決して削らない。


誰かの誕生日を祝うことが好きで
実家のカレンダーはたくさんの名前で毎日が埋まっている。
そして毎日誰かにバースデーコールをしている。
時によってはケーキや花束を届けに訪問してから帰ってくる。


私が日本へ帰国する時も、日本を離れる時も
仕事が忙しいのに必ず成田まで来てくれる。
それは結婚以前に旅行で空港を利用してた時から変わらない。


 思い出すといろんな優しい父がいる。



もちろん反発した時期もあったし、
振り返るとイラっとする思い出もある。


けれど父の顔を思い出す時、
まず浮かぶのはニコニコ笑ってる顔だ。






















先月、日本に里帰りした際に飛行機の中で
「永遠の0」と「少年H」を観た。


観ながら映画の中の父と私の父の共通する部分を
幾度となく見つけた。


どちらも戦争があった時代の話。
家族を守る芯の強い父親が描かれていて
私はボロボロ泣きながら、
大変な時代を乗り越えた先祖がいたから今があることや、
家族の有難さを痛感した。



時々人生には理不尽なことや逃げたいことがあるけれど、
どんな形であっても命が与えられてることは
大きな奇跡なんだと思った。


感情の浮き沈みが激しい性格の私は、
大抵の嫌なことはもうやだー、もうどうでもいいーって
逃げようとする。



海中深く、海の底までしっかりささった錨のように
どんな時もじっと据えてる父を見習おうとしても
私には到底届かない目標のように思える。


父のようになるのは私には難しいけれど、
いつか生まれてくる私の子どもや
遠い未来の子孫まで
父と母や先祖があって、今があることを
伝えることが出来たらいいなと思う。


2014年5月30日金曜日

輝く母親★格言集

私、エルザの大好きな母親たち。そして、彼らのコドバを綴ってみました。お楽しみあれ。

ターシャ・テューダー
「子供達が小さい頃は、しじゅう疲れていましたけどそういうものだと思っていたので、苦労だとは思いませんでしたね。」


渡辺和子
「置かれた場所で咲きなさい。」


Maria Covey Cole
"…contentment is a process. …… entrusting myself to God's care, gaining perspective, shunning comparison, overcoming discontentment, learning to be content, and finally, allowing my nature to be changed through the grace of Christ" (Contentment Inspiring Insight for LDS Mothers, p3-4).
「充実感を味わうのはプロセスです。神の御手に身を委ね、物事に対する視点を増やし、他と比べることをせず、不満に思う事を克服し、充実感が持てるよう学び、自分の本質をイエス・キリストの恩恵によって変えることです。」

浅井智子
ご長男がお腹に宿ったときに作った歌だとか。私も森のわらべ(森のようちえん)へ参加させてもらった時に聴きました。

「私を ママにしてくれて 本当にありがとう。
あなたが 我が家に来るのを ずっとまっていたの。
ママもパパもドジばかり スーパーマンじゃないけれど
あなたが そこにいるだけで かけがえのない喜びなの。
私を ママにしてくれて 本当にありがとう。
あなたが 我が家に来るのを ずっと待っていたの。」


マーガレット・D・ナドール(末日聖徒イエス・キリストで若い女性達のリーダーをつとめた方)
「世には強情な女性は十分います。必要なのは心の優しい女性です。粗暴な女性は十分います。必要なのは思いやりのある女性です。無礼な女性は十分います。必要なのは品のある女性です。名声と財産を手にしている女性は十分います。必要なのは信仰の篤い女性です。貧欲はもう十分です。もっと慈しみが必要です。うぬぼれももう十分です。もっと徳が必要です。流行ももう十分です。もっと清さが必要です。」


そして、
エルザの母
「蒔いた種は刈り取る。」

聖書に何カ所か出てくるのですが、分かりやすいのはガラテア6:6−10
でしょうか。
昔、近所の子で服も汚く穴が空き、髪の毛もボサボサな女の子がうちに毎日来ていました。その子は私たちとは遊ばず、私の母とお話をしておやつを食べ、帰ります。ある時、私が「あの子は汚いから嫌!うちに入れないでよ。」と言うと、母は「蒔いた種は刈り取るのよ。例え、あの子から何か良いものをもらわなくても、まわりまわって、他の人から親切をしてもらえるの。だから、誰にでも親切にして、良い種をいっぱい蒔くといいのよ。」
そして、私の人生は全くその通りに!と言っても、どれだけ良い種を蒔けているのかは分からないのですが、まわりからいつもたーっくさんの愛と助けをいただいています。まわりの良い実たちに負けないぐらい、私もせっせと続けて良い種を蒔こうと心がけています。

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そして、今年に入って二人の大好きなおばあちゃんが亡くなったので、彼女達のことも少し。。。

エルザのおばあちゃん(父方)
「まーーーー、ぶったらなかん!」
方言で、「もう、捨ててしまわなければいけない」という意味。これを、梅干しを間違って食べてしまったような顔で。
私が、いつも賞味期限切れの物を食べようとしたり、ゴミ箱行きの物を使おうとしていたので、おばあちゃんは心配してこう言っていました。そして、お小遣いをくれるのです。笑。優しさの塊です。


エルザのおばあちゃんのお姉さん(母方)
これは、言葉ではないのですが。。。
先日、このおばさんのお葬式がありました。満90歳。病気で小さく痩せて亡くなられたのに、葬儀屋さんが運ぶ時にとても重かったようです。案の定、骨が極太で、男性用のお骨入れじゃないと骨が入らなかったそうです。彼女の人生を振り返ると、骨太だけではなく、野原を走り回る元気な女の子から、芯が強く、とても凛とした女性へとなった方でした。そんなおばさんが、かっこいいなーと思い、今でも私は彼女のファンです。


では今月の最後は、
村岡花子
「ごきげんよう。さようなら。」で。