2014年12月1日月曜日

"Remember this December..."


先日、東京の赤坂を訪れたときに、
TBSの美術チームが特別に演出したという、
とてもきらびやかで美しい
イルミネーションを目にする機会がありました。


とても幻想的な光景に感動して、
写真や動画を撮ってはしゃいでいたのですが、
後日、撮った写真を見返すと、
きらびやかな光の中を一人で歩く女性の姿が、
なんだか妙に寂しげに思えてしまったのです。

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そもそも、何故クリスマスにイルミネーションで
街を飾るようになったのでしょう?

ある新聞社の記事によると、
暗闇に炎を灯す北欧の伝統を
時の経過とともに、キリスト教が引継いだことにより、
炎はキリストの光の象徴となり、
やがて、長い長い冬の夜に、
疲れきった旅人を迎えられるように、
ひとびとは窓辺に
キャンドルを灯すようになったようです。

その後、宗教改革の祖として知られる
マルティン・ルターが針葉樹の間できらめく
星の美しさに感動して、
家族にも見せてあげたいと願い、
樹を持ち帰り、そこにたくさんのキャンドルを
飾ったことがクリスマスライトの
始まりと言われているそうです。

時代とともに、キャンドルが電飾に代わり、
クリスマスになると、ツリーだけではなく、家中、街中を
きらめくイルミネーションが照らすようになった今、
その起源や意味を考える人はどれだけいるのでしょう?

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イルミネーションの側を歩く女性が
ことさら寂しげに見えてしまったのは、
きらびやかな光の中、
誰ともその綺麗さを分かち合える人が
周りにいないように見えたからかもしれません。

この12月、
特別なクリスマスの時期に、
わたしたちひとりひとりが
誰かをハッピーにすることで
毎日を喜びで満たせたら本当に素敵ですね!


素敵な12月を♪

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※今回、冒頭の写真の格言の翻訳は、こちらのページからお借りしました。
他にも沢山素敵な名言・格言が紹介されています。
ぜひ覗いてみてください
ちなみに、冒頭の格言のGOLD、こちらでは金と訳されていますが、
お金とも解釈できそう。そう考えると、より身近でわかり易くなりますね♪

2014年11月30日日曜日

お金との付き合い方

エルザはお金が好きです。
理由は色々ですが、それはまたの機会に。今回は「お金」に対していつも心がけている2つの原則を紹介します。これらは以前、デイブ・ラムジーのファイナンシャルクラスを受けた時に学んで、今も大切にしている原則です。




1)ゲンコツの法則
自分の手でこぶしを作って「これは私のお金!」と札束をギュッと逃げて行かないように握りしめると、そのお金は自分の手元にずっとあります。減りも増えもしません。

あぁ〜安心する!

さて、はたしてそうでしょうか?
お金の使い方は聖典から学ぶことができます。お金は人のために使う時、自分自身も豊かに祝福してくれます。
「こぶし」というシンボルは戦いを挑む傾向があったり、自分の強さを世に表すために使われたりします。また、人の手はこぶしを作って握りしめる時【戦闘スタイル】、その中に入っているものを逃しませんが、新しく入ってくるものを受け取ることもできません。不思議な事に、私たちがこぶしを開き、手を広げて【イエスさまスタイル】、自分のお金が外に行くのを心良く見守る時、より多くの祝福、またお金を受け入れることができます。それは、手が開いているからです。

2)"Live like nobody else, so later you can give like nobody else."
「お金はあれば、またはなくてもカードで買い、人生を潤していけばいい」という考えが近年目立ちます。大きいテレビ、かっこいい車、靴や服、時計、かばん。。。「必要」と「欲しい」の線が錯乱状態。きりがないですね。でも、エルザが気を付けていることは"Live like nobody else"世の中の人々(の流行)に習って生きるのではなく、質素に。自分のスタイルを持って、シンプルに生きよう。そうして将来たまったお金と知恵で周りの人を祝福したい "so later I can give like nobody else" と。エルザは模範に恵まれ、祖父がまさにその生き方。彼の生活は簡素です。無駄がありません。でも、必要な人のためにお金を使い、情にあふれています。

お金は一生共に過ごすもの。だったら、追いかけるより付いて来てほしいものです。笑

そこに到達するには、まだまだ自分磨きの日々が続きそうなエルザです。

2014年11月21日金曜日

『人の話を聞かない私が、耳を傾けた理由』

JAXは脚に自信があります!
小学生の頃から地域の陸上クラブで県代表選手、中学校では全国大会で3位、高校インターハイはベスト12位、大学時代は日本選手権に出場…
つい此間だって、息子の幼稚園の運動会で2人も抜いたんだからw
「お疲れ様!」
誰かが声をかけてくれる度に思い出す。
中学時代の陸上成績が認められた私は、高校はスポーツ推薦にて名門校に入学。
専属のコーチが付き、管理されたグランドの中で、 日本を代表する選手たちと共に練習に励む…
こんなに恵まれた環境って、そうないよねって今では思う。
入学してしばらくは、コーチの話を全く聞かなかった。
自分で練習を組みたてる事ができたし、
自分に甘い訳でもない。
その方法で実績を積んできたし、現に記録も伸びていた。
これで自分は十分なんだって。
高校2年が終わるころ、記録が思うように伸びず、悩み苦しむ自分がいた。
「お疲れ様!」
レースが終わるたびに声をかけるコーチに苛立ちさ え覚えた。
次第に気性も荒れ、言動や行動にも乱れが出てきた。
高校3年を迎えたある日、学校の校則を守らなかったことで、問題となった。
監督に呼び出され、今シーズンの出場停止処分を受ける。
その数週間後には、高校最後の競技に繋がる大切な試合を控えていた時、
「なんて愚かなことをしたのだろう…」
後悔しても、状況は変わらない。今大会は見送らざるを得なかった…
「ちょっとついてきなさい」
コーチが腕を引っ張り、監督室に私を連れて行こうとした。
その片手には確かにバリカンを握っているのが見えた。
「丸坊主にして許しを請うのか…」気持ちの整理もつかないまま監督室へ
入るとすぐコーチが監督の目の前でバリカンに電源を入れた。
哀れな自分に言葉も出ず、現実逃避に目を瞑ろうとしたその時、
コーチが自分の髪を、自分で剃り落としているのを見た。
黙って、肩まで伸びた自分の髪を、落としているのを見た。
コーチは女性だ。
涙が、止まらず、むせび泣く声と髪を剃り落す音とが部屋で響いた。
「私の責任です。もう一度チャンスを与えて下さい。私が責任を持って、この子をトレーニングします。」
黙ってうなずいた監督をあとにし、私はそのシーズンの出場権を手にすることができた。
それからというもの、コーチが出す練習メニューは喜んでこなした。
それは、コーチが私の為にメニューを考え、
また応援してくれる存在であることが分かったからだ。
「『もう十分である』と言う者からは、彼らが持っているものさえも取り上げる。」
(モルモン書 2ニーファイ 28:30)
自分の力を過信し、誰の話も耳にしなかった私が、 コーチの練習を受け入れた時、
そこには自分に必要な新しい発見が沢山あった。
記録も伸び、納得のいくシーズンを終えることができたのだ。
「お疲れ様!」
深く帽子を被ったコーチの掛け声は、誰よりも温かく心に響く。
人は「仕えたこともない主人を,どのようにして知ることができようか」
(モーサヤ5:13)
大切な人の教えやアドバイスに従順になることで得られる祝福は、
自分が想像していた以上の価値をもたらす大切なレシピかも☆彡

2014年11月10日月曜日

一番大切なもの

秋―
お気に入りのマグカップにハーブティーを注いで
ブランケットに身をくるんだら
さあ、読書の時間です。


飛ぶネコはノンフィクションが好きです。
興味を持った人物の生き方に触れることで
その人格が築かれた過程を知るのが好きです。


最近は、小説も読むようになりました。
作者の想像力の素晴らしさに感嘆しながら
このキャラクターのあの行動が
勇気を象徴しているんだな、
自分ならどうするかな、と
想像を膨らませていくのが楽しくなりました。


キャラクターの行動や想いで人格が想像できる、
ということは、
万人に共通した人物像というのがあるのでしょうか?


その疑問を解明するべく、こんなのやってみました。
進研ゼミの歴キャラ診断


飛ぶネコは、なんと! 坂本竜馬。
これで、飛ぶネコがどんな性格か想像つくでしょうか(笑)








ブリガム・ヤング大学の機関誌に載った
ある記事に目が留まりました。


2012年に、アメリカ大統領選の候補者となった
ミット・ロムニー氏の記事でした。


ロムニー氏は飛ぶネコと同じ、
末日聖徒イエス・キリスト教会に通うモルモンです。
米大統領選という世界が注目する舞台で
ロムニー氏の人柄は、
プラスにもマイナスにも報道されていました。


大統領選の最中でのこの記事は
ロムニー氏の内面をよく表すものでした。


5人の共同経営者との間で意見、価値観の違いがあり、
事業が危うくなりかけたとき、
コンサルタント兼カウンセラーである人に
相談を持ちかけたそうです。


「コンサルタントは我々5人に、
尊敬する人、模範とする人を
5~6人挙げるように言いました。
それから、その人たちの人格や特徴を
5~6個挙げるように指示しました。

リストに頻繁に出てくる言葉、
それこそが、自分のコアバリュー/最も価値を見いだすもの
を表現していると説明されました。


我々が、このコアバリューに同調した生活をするならば
自分と周囲に誠実な生活が可能になり、
コアバリューから逸れた生活をすれば、
不満足、不幸、ストレス、不健康、後悔
を経験することになると教えられました。


なんと、わたしたち5人のコアバリューは
みな、同じだったのです。」


実はこのお話、
ブリガム・ヤング大学の卒業生であるロムニー氏が、
後輩であるMBA卒業生に
餞(はなむけ)として贈った言葉でした。


愛、家族、助けの手を差し伸べる、深い信仰心、
は、ロムニー氏が大切に思い、
毎日の生活の中心にしようと努力しているもの。


「君たちがこれから歩む人生の中で
これらの価値観(コアバリュー)から逸れないように歩むのは
簡単なことではない。
しかし、この価値観に誠実に生きるかどうかは、
我々の意志にかかっている。
自らがコントロールできる成功、
それが真の意味での成功なのである。」


ロムニー氏のお話と人柄から学ぶものがあり、
飛ぶネコの価値観や、人の見方も変わったのでした。


It is worthwhile to look ahead,
to set a course, and at least be partly ready
when the moment of decision comes.
-Thomas S. Monson






















ロムニー氏の記事は下記のリンクからお読みいただけます。
40 years on
http://magazine.byu.edu/?act=view&a=3125

2014年11月1日土曜日

『必要とされていない人は誰一人いない』



数日前のことです。Facebookを開くと、
見慣れた写真がわたしの眼に飛び込んできました。

それは、わたしが以前に何気なく投稿した、
マザー・テレサの言葉を入れたハワイで撮った写真でした。

ある友人がFacebookでその写真を
シェアしてくれていたのです。

彼はこう書いています。
『私の友達が投稿していて感動しました。
私たちは誰かから必要とされたり、
愛される時に本当の意味で幸せになれると思います。

時々自分は誰からも必要とされていないと
感じるかも知れません。
でも神様は生きていて
一人一人を愛してくださっています。

必要とされていない人は誰一人いません。
だから私は神様を信じていて、
人を助けたいと思います。』

・・・

わたしはQuote(偉大な先人たちの言葉)が大好きです。
彼らの言葉は、度々、わたしを勇気付け、慰め、
新たな決意のきっかけを与えてくれました。

そして、そのような言葉は、読み手のこころに木霊し、
それぞれに必要なインスピレーションを
与えてくれるのだと、彼の投稿を読んで、
改めて認識しました。

だからわたしはこれからも、
心に響いた言葉をシェアしてみようと思います。
だれかの心に必要な言葉を
いつか届けることができるように。

2014年10月30日木曜日

A big fish in a small pond theory: 小さな池にいる大きな魚セオリー

今日は最近読んでいる本、David and Goliath から印象に残った "a big fish in a small pond theory" についてお話したいと思います。

A big fish in a small pond theory を読んだ時、「やっぱり」と思いました。
意味は正にそのまま、同じ魚も小さい池に入れば大きく見え、輝く。逆に大きい池に入ってしまうと、自分が小さく感じるだけではなく、時には居場所も見失ってしまうのです。


私エルザもこんな経験があります。

【大きすぎる池に入った魚】中3で成績が良くなった私は、地域の名門高校にギリギリ入学するが、そこで、常に最下位争い。

【小さな池に入った魚】高2の時に留学し、田舎の小さな学校へ編入。そこで、数学と音楽の授業ではトップとして称えられる。

【小さな池で大きくなっていく魚。そして徐々に大きな池へと移行】日本に帰国し高校卒業。アメリカの250人規模の小さな無名の短大へ。そこで、みなが顔見知りの中、生徒会や勉学に励み、遂には卒業生代表として抜擢され卒業。その後、4大編入、奨学金を得て卒業。アメリカで公務員として就職。


Big fish small pondセオリーによるとこれはよくある話しだとか。頑張って有名大学に入っても、埋もれていってしまう学生に比べ、少しレベルは下がる大学ではあるのですが、常にトップで勉強して卒業した学生の方が社会に出てからより多くの論文を発表したり、会社で貢献したり、リーダーシップを取ったり。。。という成果が見られるとか。
不思議ですね。同じ「自分」と「能力」なのに、周りの環境でこんな風に影響を受けることもあるなんて。


もちろん100%全ての人がa big fish in a small pond theoryに当てはまるわけではありません。逆境の中でこそ突き抜けて行く人もいます。

でも、どんな環境下に置かれても変わらないこと。それは、

神様が私たちの成功を望んでおられること。失敗ではなく。






小さな池から始め、自分を確立した上で大きな池へと移って行くのは良いアイディアだと思います。でも、どんな池の中にいても自分が何者かを、そして自分の可能性を見失わない。それが、大事なんだなーと教わりました。

2014年10月21日火曜日

「私は全ての時間が、自分の時間だと思ってるよ」

そう言われた時、思わず涙が溢れました。
大学を卒業して、すぐ結婚して、子供ができて…仕事は終電間近で家に帰る日々。
数少ない休みの日には、落ち着く間もなく子供の世話や、地域のボランティア活動への参加、流れるような時間の中で、自分を後回しにして「あれもやらなきゃならない」「これもやらなきゃいけない」… なんだか自分自身を見失ったみたい。
ある日の仕事帰り、職場の先輩達に誘われ居酒屋 へ。 「これも、行かなきゃならない」なんて思いながらの参加に、出てくる言葉も愚痴ばかり。
「仕事に、子育てに、空いた時間は別の何かを頼まれたり、やらなきゃいけないことが出てきたり…自分の時間なんて全く無いんです。それが何だか窮屈 で…」
聞いてくれるだけでよかったんです。 (私は飲みませんが)飲んで騒いでいる先輩達には自分の思いは100パーセント伝わらないだろうと思っていましたし、何かアドバイスを貰おうなんて期待すらしていませんでしたから。
ただ、口を開くことで、今の自分が頑張ってるんだって認識したかったんです。
「俺は、そう思わない」
突然、職場で信頼している1人の先輩がそう言いま した。
「休みの日、子供が泣いた時はこう考えるんだ。こ れからの時間、子供のせいでこの時間を使うのか。 子供のために自分がこの時間を使うのか。俺は選んでるんだよ。」
「自分で選んだ時間は、自分の責任だから。誰かのせいじゃない。だから後悔もしない。俺は24時間全てが自分の時間だと思っているよ」
…言葉って本当に不思議ですね。
自分が望んで与えられた環境を、いつしか誰かのせいにしていたり。
望んでいない環境でも、それをどう過ごすかは自分で選ぶことができるんだって。
その日から全ての時間が、自分の時間へと変わりました。
それを気づかせてくれたのは、そう言った記憶すらない泥酔いの先輩の一言です。
自分で選んで過ごす仕事も子育ても…家族を幸せにする大切なレシピなのかも☆彡