2014年11月1日土曜日

『必要とされていない人は誰一人いない』



数日前のことです。Facebookを開くと、
見慣れた写真がわたしの眼に飛び込んできました。

それは、わたしが以前に何気なく投稿した、
マザー・テレサの言葉を入れたハワイで撮った写真でした。

ある友人がFacebookでその写真を
シェアしてくれていたのです。

彼はこう書いています。
『私の友達が投稿していて感動しました。
私たちは誰かから必要とされたり、
愛される時に本当の意味で幸せになれると思います。

時々自分は誰からも必要とされていないと
感じるかも知れません。
でも神様は生きていて
一人一人を愛してくださっています。

必要とされていない人は誰一人いません。
だから私は神様を信じていて、
人を助けたいと思います。』

・・・

わたしはQuote(偉大な先人たちの言葉)が大好きです。
彼らの言葉は、度々、わたしを勇気付け、慰め、
新たな決意のきっかけを与えてくれました。

そして、そのような言葉は、読み手のこころに木霊し、
それぞれに必要なインスピレーションを
与えてくれるのだと、彼の投稿を読んで、
改めて認識しました。

だからわたしはこれからも、
心に響いた言葉をシェアしてみようと思います。
だれかの心に必要な言葉を
いつか届けることができるように。

2014年10月30日木曜日

A big fish in a small pond theory: 小さな池にいる大きな魚セオリー

今日は最近読んでいる本、David and Goliath から印象に残った "a big fish in a small pond theory" についてお話したいと思います。

A big fish in a small pond theory を読んだ時、「やっぱり」と思いました。
意味は正にそのまま、同じ魚も小さい池に入れば大きく見え、輝く。逆に大きい池に入ってしまうと、自分が小さく感じるだけではなく、時には居場所も見失ってしまうのです。


私エルザもこんな経験があります。

【大きすぎる池に入った魚】中3で成績が良くなった私は、地域の名門高校にギリギリ入学するが、そこで、常に最下位争い。

【小さな池に入った魚】高2の時に留学し、田舎の小さな学校へ編入。そこで、数学と音楽の授業ではトップとして称えられる。

【小さな池で大きくなっていく魚。そして徐々に大きな池へと移行】日本に帰国し高校卒業。アメリカの250人規模の小さな無名の短大へ。そこで、みなが顔見知りの中、生徒会や勉学に励み、遂には卒業生代表として抜擢され卒業。その後、4大編入、奨学金を得て卒業。アメリカで公務員として就職。


Big fish small pondセオリーによるとこれはよくある話しだとか。頑張って有名大学に入っても、埋もれていってしまう学生に比べ、少しレベルは下がる大学ではあるのですが、常にトップで勉強して卒業した学生の方が社会に出てからより多くの論文を発表したり、会社で貢献したり、リーダーシップを取ったり。。。という成果が見られるとか。
不思議ですね。同じ「自分」と「能力」なのに、周りの環境でこんな風に影響を受けることもあるなんて。


もちろん100%全ての人がa big fish in a small pond theoryに当てはまるわけではありません。逆境の中でこそ突き抜けて行く人もいます。

でも、どんな環境下に置かれても変わらないこと。それは、

神様が私たちの成功を望んでおられること。失敗ではなく。






小さな池から始め、自分を確立した上で大きな池へと移って行くのは良いアイディアだと思います。でも、どんな池の中にいても自分が何者かを、そして自分の可能性を見失わない。それが、大事なんだなーと教わりました。

2014年10月21日火曜日

「私は全ての時間が、自分の時間だと思ってるよ」

そう言われた時、思わず涙が溢れました。
大学を卒業して、すぐ結婚して、子供ができて…仕事は終電間近で家に帰る日々。
数少ない休みの日には、落ち着く間もなく子供の世話や、地域のボランティア活動への参加、流れるような時間の中で、自分を後回しにして「あれもやらなきゃならない」「これもやらなきゃいけない」… なんだか自分自身を見失ったみたい。
ある日の仕事帰り、職場の先輩達に誘われ居酒屋 へ。 「これも、行かなきゃならない」なんて思いながらの参加に、出てくる言葉も愚痴ばかり。
「仕事に、子育てに、空いた時間は別の何かを頼まれたり、やらなきゃいけないことが出てきたり…自分の時間なんて全く無いんです。それが何だか窮屈 で…」
聞いてくれるだけでよかったんです。 (私は飲みませんが)飲んで騒いでいる先輩達には自分の思いは100パーセント伝わらないだろうと思っていましたし、何かアドバイスを貰おうなんて期待すらしていませんでしたから。
ただ、口を開くことで、今の自分が頑張ってるんだって認識したかったんです。
「俺は、そう思わない」
突然、職場で信頼している1人の先輩がそう言いま した。
「休みの日、子供が泣いた時はこう考えるんだ。こ れからの時間、子供のせいでこの時間を使うのか。 子供のために自分がこの時間を使うのか。俺は選んでるんだよ。」
「自分で選んだ時間は、自分の責任だから。誰かのせいじゃない。だから後悔もしない。俺は24時間全てが自分の時間だと思っているよ」
…言葉って本当に不思議ですね。
自分が望んで与えられた環境を、いつしか誰かのせいにしていたり。
望んでいない環境でも、それをどう過ごすかは自分で選ぶことができるんだって。
その日から全ての時間が、自分の時間へと変わりました。
それを気づかせてくれたのは、そう言った記憶すらない泥酔いの先輩の一言です。
自分で選んで過ごす仕事も子育ても…家族を幸せにする大切なレシピなのかも☆彡

2014年10月10日金曜日

雨☂ふれふれ...うれしいな。

雨の日。
飛ぶネコにとっては憂鬱です。
お日様の暖かい日差しが恋しくなるから。
一日家の中で過ごさなければならないから。
洗濯物が乾かないから。


数日続く雨を窓から眺めて、
いつ止むんだろう、とつぶやく途端に、
子どもたちに伝染する負の空気。
「雨の日は嫌い、なんて言っちゃダメよ。
雨がないと、水が飲めなくなっちゃうんだから、
この雨だって、神様からのお恵みなのよ。」
と、宗介のお母さん(『崖の上のポニョ』のリサ)のマネをして
気分を晴らそうとしてみたりします。


雨の晴れ間。
4歳と2歳の息子を連れて散歩に出かけることに。
雨上がりのにおいと外の新鮮な空気をゆったり楽しんでいると、
息子たちはすでに視界の外。
やっと外に出られる!という解放感が
彼らのロケット噴射に火をつけたらしいです。


待ってください。
解放=事件
という方程式があるのをご存知ですか?


だから、次に飛ぶネコが目にしたものは、
雷に打たれたかと思うほど衝撃的でした。
息子二人はトランポリンでもしているかのように
水たまりで飛び跳ね、大はしゃぎだったのです!


飛ぶネコが追いついた頃には
全身ビショ濡れ。
乾いているところが見当たらないほどの濡れようです。
ため息しか出てきません。


ここまでずぶ濡れだと、
靴が濡れるから、服が汚れるから、
風邪をひくから...。どの言い訳も使えません。
飛ぶネコが何も言わないのをいいことに
息子たちの笑い声がこだましていきます。


向こうから若者がやってくるのが見えたので
しぶきがかからないように、息子たちをなだめに行きました。


「いいお母さんですね。」


はい? いま、なんと???


「わたしのどこがいいお母。。。。」
と言いかけた時、


「ぼくが子どもの頃、
母親はぜったい、水たまりで遊ばせてはくれませんでしたよ。」


そう言って、
青年に気づかずに遊ぶ息子たちに優しいまなざしを向けて
彼は通り過ぎて行きました。


え?いいお母さん?
あ!わたし、いいお母さんになれたんだ―――!!!



The picture is from lds.org




















子育てに対する自信がなくて
飛ぶネコの心も連日雨模様に感じている時でした。


何日か前、ご近所のお母さんは
子どもと一緒に雨の中で踊っていたんです。
お母さんは、唄いながらバレリーナのように、
子どもたちは傘をクルクル回しながら。
まさに、Singin’ in the Rain です。


そんなご近所さんに視線が釘付けの息子たちがいたことに
気づいていたんです。
飛ぶネコも心の中で、楽しそうだな、とは思っていたのですが、
それを口に出すことをかたくなに拒否していたのに
気づいていたんです。
仕事が増えるんだから、やってられないよ、そんなこと、って。


でも、そんな余裕のない自分にガッカリもしていました。


不平と言い訳だらけで埋まりそうだったその日の日記は、
別の世界を見せてくれた青年の一言のおかげで
飛ぶネコの育児教訓として綴られて、
生涯心に残る思い出になったのでした。

2014年9月30日火曜日

秋・ハーブ

季節の変わり目、どうおすごしでしょうか?エルザの家の窓から見える木の葉は黄色に変わり、足下を見れば、青々としていた葉が、今は黄色のブランケットをかけてもらったよう。毎日発見する秋に「ほっ」と心が暖まります。

エルザのミニハーブガーデンも、ハーブたちがラストスパートをかけ、いそいそわさわさと葉を茂らせています。

頑張っているハーブや植物たち。少しですが、お庭から、いくつか紹介します。


今年初めてお知り合いになったレモンバーベナ


1)まずは熱湯をそそいでハーブティーにしていただきます。
2)その後、お鍋に葉っぱを入れ、また熱湯を注ぎ、15センチほど離したところに顔をおき、バスタオルを頭からかぶり、蒸します。顔が浄化されているのと、レモンのいい香りで、リラックス効果抜群!
3)最後にお風呂にぷかぷか浮かべます。3歳の娘はその葉っぱを並べたり、数えたりしながら入浴。

レモンの香りがあるので、みじん切りにして、サラダにちらしても、アクセントになって美味しいです。

バジル

バジルはパスタソース、ピザソースの必需品!香りが食欲をそそります。
今年、新たに楽しんだのは、バジルで作ったペスト。

バジルの葉 2カップ(1カップ=250cc)
オリーブオイル 2/3カップ(フードプロセッサーに1/2カップ入れ、残りは最後に上からかける)
松の実(なかったのでアーモンドで代用) 1/4カップ
パルメザンチーズ(なかったので普通のチーズ) 1/2カップ
にんにく 2かけ
塩 少々

チーズ以外を全てフードプロセッサーに入れ、混ぜるだけ。出来たら残りのオリーブオイルを上からかけ、酸化を防ぐ。冷凍庫に入れてしまえば、長持ちします。
食べる時に、チーズを入れて混ぜます。

物知りのご近所さんに聞いて、とっても美味しそうだったので、家に帰り、あった材料で即、試してみました。適当なのに、美味しかったー。笑

ミント

ミントはエルザの心の友。ここ何年か育ててみたのですが、どうも増やす機会を逃し、今年は南のご近所さんのミントを「いつでも好きなだけ摘んでいってね」というご好意に甘えて。笑

フレッシュミントティーは甘くて格別!

また、エルザの夫はミントを刻んで酢(バルサミコ酢やモルト酢)と砂糖と混ぜ、お肉にあえます。

あまったミントを瓶にさしておけば、すぐ根っこが出て来てくれて、長い間、お部屋に緑を与えてくれます。

ケール
これは北隣のご近所さんのお庭から。いつも犬の散歩の時に取って帰ります。笑

栄養値の高いことで知られるケール。でも、生では固くて少し苦みがあるのが、食べにくいところ。

が、エルザはケールが大好きに。

ある日、おひたしが異常に食べたくなり、ほうれん草をきらしていて、泣く泣くケールで。これがこれが、美味しいこと!!

ゆでて、だし汁に付けたケールは、まるで生まれ変わった植物のようにとげとげしさがなく、苦みもなく、優しい味になっていました。


こんな風に自然から幸せを分けてもらう時、神様の言葉を思い出します。
「生めよ、増えよ、地に満ちよ、地を従わせよ。......わたしは全地の面にある種を持つすべての草と、......木をあなたがたに与えた。これはあなたがたの食物となるであろう。」(モーセ書2:28−29

まだ「地を従わせる」ような知識や力はないけれど、せめてエルザのお庭にいる植物たちが、喜んで育ち、実れる、そんな環境を作ってゆきたいなーと思う秋雨の夜です。

2014年9月21日日曜日

短期な夫に、期長な妻

「分かってくれないならもういいよ!」


結婚して初めてのケンカ。


きっかけは、今の仕事を辞め、
転職することを打出したことから。


取引先の社長さんから、
とある事業拡大の為のチームリーダーとして働こう
とのお声掛け、
年収は少なくとも今の3倍、
努力次第で地位も名誉も得ることができる
一世一代のビッグチャンスだって。


「家族を楽にさせたいし、誇れる仕事にだって就きたい。
こんなにいい話ないじゃん。」


「そう、じゃあ家族の時間はどうなるの?」


仕事のおよそ8割は出張で家にはほとんど帰れない、
休みも現実、月に1、2日取れればいい方なんだとか。


「私は絶対に反対。」


妻のお腹には、3ヶ月後に出産予定の男の子がいる。


口論の末、反対を押し切って
翌日の会社面談の準備をし眠りにつく私、
ただ呆然と立ち尽くし現状が把握できないままうつむく妻…


夜遅くだった…目が覚めた先の明かりに
妻が玄関ですすり泣いているのが見えた。


片手に私の靴を持ち、ブラシで綺麗に磨いていた。
面談が、うまくいくように。





-「俺、すぐ船酔いしちゃうんだよね。」

-「そういう時は遠くをみるといいんだよ。目先ばかりに気をとられると人は酔いやすくなるんだって。」


妻はいつだって、私よりも先を見てる。

 
翌日、面談には行ったものの、
社長さんにはお誘いへの断りと、
より一層のサポートを約束し家路についた。


子供の誕生や成長に
夫婦で過ごす時間から得られるものは、
私が思ってた以上に大切で幸せな時間。


いかなる成功も、家庭の失敗を償うことはできない
デビット・O・マッケイ


その言葉の意味が、今はちょっぴり分かる30歳。

2014年9月10日水曜日

大切なことを気づかせてくれる人

長男の担任と面談していた時のこと。


「息子さんは本当によくおできになります。
成績もばっちりですし、リーダーシップもある。
素直でいいお子さんですし。。。。
おうちでもいつもこんな感じですか。」


飛ぶネコは学生時代、
こんな風に褒められたことはありません(残念ながら)。
自分の子どもがこんなにも出来がよいと褒められて、
狐につままれたような思いでした。


さて、先生の質問になんと答えようか、考えました。
息子が隣にいたからです。


「いえいえ、家ではぜんぜん」
と口から出そうになりましたが、
代わりにこう言いました。



「家では、リラックスしています。」



飛ぶネコなりに母親の愛情をこめて見つけた
精一杯の言葉でした。



そしたら、先生、大笑いするんです。



あら、飛ぶネコの顔、引きつっていたんでしょうか。



「あ~よかった。おうちでもそんなに優等生だったら
気の毒だと思ってたんですよ。」




「はぁ~。。。。」



はじめは、先生のこの言葉、どんな意味なのか
さっぱり見当がつきませんでした。



でも、先生は、息子に自分自身になれる場所があって
よかった、ということをおっしゃっていたのでした。



子どもだって学校という社会の中で
ストレスを感じています。


外の社会でルールを守り、
周りに迷惑をかけない良い振舞いをすることが大事
ということを理解しています。


そのストレスを解放できる場が
おうちにあってよかったです、と。


家に帰ってくると、
寝転がって漫画を読んでいる息子。
片づけるように言ってもすぐにやらない息子に
飛ぶネコは時折、いえいえ、毎日、
怒りを感ぜずにはいられませんでした。


でも、なんとなく、
その怒りをその場で息子にぶつけるのは、
よした方がいい、と思うときがあって
怒りの言葉は胸の内にしまっておくことがありました。


つまり、息子は漫画読み放題でウハウハ。


飛ぶネコは、怒りを押さえなくてはならずイライラ。


という図が毎日ですね。



でも、その日、わたしよりも一回りは若い先生から
とても大事なことを学びました。



あ~、なるほど。
家庭というのは、そういう場であっていいのか。


自分自身の心の中で何となく感じていたものを
先生が代弁してくださったようで
ホッとしたんです。



面談が終わって外に出たとき、
「あなたの担任の先生、いい先生だね。」
「でしょ。最高だよ!!!!」
「うん、かあさんも最高だと思う。」



教師って、こういう人のことを言うんだなぁと
胸が熱くなりました。



これからは、長男が漫画を読んでいる姿を
微笑みながら見ていられます。